あなたが「道徳を守らなくてはいけない」と思うのは、あなたが「道徳を守らなくてはいけない」とです。どこまで自分を苦しめるつもりですか?

価値観を押し付けられた恨みは世代を超えて連鎖する

納得のいかない価値観で殴られ、納得のいかない振る舞いを要求された人はどうなるか?

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じゃあ、お前の〇〇だってダメだよなあ? 俺もしんどくても頑張って直していくんだから、お前の〇〇も当然頑張って直してくれるよなあ? だって、それが正しいんだよなあ? お前自身がそう言ったんだもんなあ?

わざと極端に書いていますが、これはほとんどの人たちにとって少なからず心当たりのある心理だと思います。誰しも一度くらいはこのような忌々しい感情を抱いた経験があるのではないでしょうか。

以下の動画3:10以降の小藪さんの話なんかは好例でしょう。


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死ぬほど当たり前な話、人の価値観は様々です。自分が疑いもなく「良し」と思えることを他人が同じように思うかどうかは分かりません。

そこであまつさえ自分が守れもしない、守る気もないような安易な綺麗事を武器として振り回してしまえば、後で反動がくるのは当然のことだと思います。

「じゃあ、お前の〇〇だってダメだよなあ?」「じゃあ、俺の〇〇だって配慮してくれるよなあ?」は世代さえも超えて連鎖してゆく恨みなのです。虐げられ、押し付けられてきた弱者であればあるほど特にそういう傾向が強まるのではないでしょうか。なぜなら、斬られた人は大なり小なり痛みを負っているからです。

【自分がしてきた苦労を他人にもさせたがる病】もその派生かもしれませんね。

「じゃあ、お前の〇〇だってダメだよなあ?」はさらに次の「じゃあ、お前の〇〇だってダメだよなあ?」を生み出し続けます。どんどん拡大してゆき、社会は今どんどん窮屈さを増しています。

僕は「ほれ見たことか、ざまあみろ」と思って眺めています。守れもしない、守る気もない道徳やマナー等を安易に武器として振りかざし続けてきた結果だろうと思っています。

反面、そういう道徳意識(?)の高まりによって救われた弱者やマイノリティに対しては「よかったね」と思う気持ちもあります。どちらもあるというのが正直なところです。

窮屈さに皆が疲弊し始めると、あるところでホリエモンみたいな人が「こんな不合理で窮屈な世の中おかしくね? バカじゃね?」とかなんとか言い出すわけです。そして個人主義ブームが盛り上がる。

もしかしたら、今はちょうど境目なのかもしれませんね。そして、個人主義がある程度盛り上がって皆が好き勝手にやり始めると、もしかしたらまた全体主義的ブームが起こったりなんかするのかもしれません。知らんけどw